MEのHigeさんのためになる話

4児のパパ臨床工学技士が綴るお役立ち情報、初心者向けMicrosoftAccessについて

20110311当時を振り返る

 今の病院に就職して何年か経って、もう新人ではなく、中堅に差し掛かるかな?という時期でした。

午後透析の開始業務が落ち着き、患者さんと世間話をしていた時でした。

 

2011年3月11日14時46分18秒

東日本大震災が起きました。

 

私の住んでいる東海地方は震度2~3でした。

 

そしてテレビで映し出された被災地の光景に声を失ったのを覚えています。

 テレビに映し出される映像は、はじめ現実味がなく、まるで映画かドラマみたいな感覚・・・被災地の人達は、ちゃんと避難できているよね?って勝手に自分のなかで平常を保とうとしていました。

しかし、現実が解るにつれて愕然としました。

 

この日を境に、防災についての考えが大きく変わりました。

 

病院として、部署として、防災対策について本格的に取り組むようになりました。

透析患者さんの治療条件を管理するシステムの管理をしていた私は、災害時に治療条件の情報をどう取り出すか?という問題に取り組むことになり、その流れで部署内の防災対策を担当するようになりました。

避難訓練を企画したり、非常用持ち出し物品を準備したり、治療条件をカードに印刷するシステムの開発をしたりと、防災についての取り組みを進めていきました。

 

プライベートでは、3人目の子供が生まれたばかりでした。

2020年の3月は新型コロナウイルス問題で、みんながマスクや消毒用アルコール、トイレットペーパーの購入に殺到して品薄状態になっています。

2011年3月はミネラルウオーターや、粉ミルク、紙おむつが品薄になっていました。

当時、粉ミルクや紙おむつは、乳児がいた我が家ではなくてはならないものだったので、不安だったのを覚えています。

 

震災と感染症では問題の種類は違いますが、ここ最近の状況を見ていると、2011年3月の状況を思い出してしまいます。

 

非常時の買い占めと言う行動は、何度も繰り返されています。

これって、人間の本能みたいなもので、しょうがないのかな?って思ったりします。(買い占めが良しとするわけではないのですが・・・)

いくら災害に備えていても、運が悪ければ、助からない事もあると思います。

 

それでも、防災について考えます。

自宅では、家具を固定して、耐震使用にしたり、非常食や非常用物品の準備をするようになりました。

守るべき家族が増えて、もし災害が起こったら・・・と考えると、独身の時には考えもしなかった不安なことが増えました。

 

9年前被災された方、そして今でも、その傷、心の傷だったりが癒えない方もたくさんいると思います。

被災された方に対して、私が出来ることって、Yahoo検索募金くらいしか思いつかなく、それ以外は、またゆっくり考えようと思います。

 

まず、自分の家族、自分の働く施設の患者さんや、スタッフという身近な人たちが、災害時に、助かるように、困らないように、取り組んでいきたいと改めて思う一日でした。

 

 

毎年この日は、防災と身近の人たちの事を考えずには、いられない日です。

思わず日記にのような記事を書きました。